プロフィール

kamakun2

最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
リンク
--/--/--//--.
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2005/11/26//Sat.
蓮華寺(京都市左京区)
20051126210121.jpg

20051126210138.jpg

20051126210230.jpg

20051126210254.jpg

20051126210311.jpg

20051126210326.jpg

20051126210344.jpg

JR京都駅から地下鉄に乗り、国際会館で降り、先日のブッシュ大統領の来日時、プレスになった国立国際会館へ向かいました。その後、宝ヶ池、そして、宝ヶ池公園、宝ヶ池こどもの楽園を通り、白川道りを横切り、高野川沿いに、大原街道を歩き、蓮華寺へ出掛けました。
蓮華寺は、今の京都駅付近にあった浄土教系の古寺で、応仁の乱後、荒廃していたのを寛文二年(1662年)、加賀前田家の老臣 今枝民部近義が、祖父 今枝重直の慕提のために、この場所に移し再興したそうです。
再興には、石川丈山や、加工探幽、木下順庵、黄檗の隠元禅師などその当時の著名な文化人が協力したそうです。
池泉鑑賞式庭園は、江戸時代の名園で石川丈山作です。
時間が止まるような場所で、
書院の畳の上に座り、柱を額に見立ててこの風景を楽しむと、柱の額ごとに違う「額縁紅葉」を楽しめます。
縁側に座りたい気持ちがいっぱいですが、遠慮をしてお座敷の奥から楽しんでみるとまた違った風景を楽しめました。
池泉は、高野川の流れを利用しており、水面に映る鶴島、亀島は、仏様の世界を表しており仏様が蓮の上に座る姿を表現しているそうです。
この「静の池」の横には、「動の池」があります。
こちらはお抹茶を戴く時に拝見できました。
本堂前には、お茶席でよく見かける六角の形をした「蓮華寺型石灯籠」があります。
また本堂の天上は、「龍」で相国寺などを想像しながら、その前にある厨子の繊細な彫刻を見ました。(ライトが置いてあり、
観光タクシーの運転手さんが、お客様へライトで照らしながら説明をされていたのでつい一緒に拝見をしました。

なお交通機関では、京都バスでしたら「三宅八幡」や「上橋」で下車です。
叡山鉄道なら「三宅八幡駅」をご利用出来ます。
駐車場は、大原街道沿いにあり、その奥がお寺ですが、この大原街道は、「鯖街道・若狭街道」と言われ、今も大原へぬける主要な道で車が多いです。でも山門をくぐりこの境内にると喧騒は忘れます。

スポンサーサイト
2005/11/25//Fri.
保津峡展望台 (京都市右京区)
20051125061251.jpg

20051125061306.jpg

20051125061320.jpg

20051125061338.jpg

20051125061353.jpg

保津峡展望台からは、亀岡から嵐山の渡月橋まで
奇岩や大小の瀬を一気に下る「保津川下り」と、
トロッコ嵯峨駅からトロッコ亀岡駅まで
8キロを結ぶ赤と黄色のアールデコ調の「嵯峨野トロッコ列車」が、
ご覧いただけます。
なお紅葉の季節になると鉄橋の上で列車が止まりますので
紅葉の渓谷を見下ろせます。
昭和41年11月、天皇陛下も皇太子の時ご来遊された場所で、
常陸宮ご夫妻、三笠宮ご夫妻など皇族も
ご来遊されており記念碑があります。

展望台の所にも駐車できますが、スペースが限られますので、
嵯峨野側へ約20メートル下った場所に駐車場があります。
観光シーズンはそちらの駐車場の方が便利です。

嵯峨野トロッコ列車

http://www.sagano-kanko.co.jp/

200㎜望遠にて撮影をしています。

2005/11/23//Wed.
小倉山展望台 (京都市右京区)
20051123180831.jpg

20051123180845.jpg

20051123180903.jpg

20051123180816.jpg

20051123180919.jpg

小倉山展望台は、嵐山高雄パークウェイの中で一番施設が揃っています。
展望台や望遠鏡、食堂(高雄そばもありました。)等もありますが、
この展望台で特にご案内するものは、広い駐車場とWCです。
京都市内と、愛宕山や保津峡が眺めわれます。
またここでは、駐車場の周囲の紅葉も楽しんで下さい。
毎年食堂の横や京都市内を見下ろす駐車場の紅葉は艶やかです。


2005/11/23//Wed.
永観堂 (京都市左京区)
20051123153421.jpg

20051123153746.jpg

20051123153452.jpg

20051123153508.jpg

20051123153525.jpg

平安時代、空海の弟子、真紹によって創建された寺です。
古今集に「秋はもみじの永観堂」と詠まれ、平安時代から続く紅葉の名所です。
境内では、蝋燭の炎やライトに照らされた紅葉が闇夜に浮かびあがり幻想的で幽玄の世界です。
本尊の「みかえり阿弥陀如来」は、蝋燭の柔らかい光の中で参拝者に横顔を見せています。
その姿は、遅れる者を待つ姿。自らの位置をかえりみる姿。愛や情けをかける姿。
思いやり深く周囲を見つめる姿。衆生と共に正しく前へ進むリーダーの姿。
把握の振り向き。真正面からおびただしい人々の心を受け止めても、なお正面にまわれない人々の事を案じて振り返らずにはいられない姿勢。これが「みかえり阿弥陀如来」のみこころだそうです。
揺らぐ蝋燭の光に照らし出される謙虚なお姿に、心の奥まで魅了されました
今回は夜景を特に撮影をしました。境内では、一脚・三脚はご利用出来ませんので、ご注意下さい。

写真は、手前に橋があり、その欄干を利用して撮影をしてみました。

2005/11/23//Wed.
竹中稲荷神社 京都市左京区
20051123122956.jpg

20051123123015.jpg

20051123123032.jpg

20051123123049.jpg
紅葉の真如堂や宗忠神社を歩いて、吉田山の中にある、竹中稲荷神社と天満宮へ出掛けました。
真如堂は、紅葉を愛でる観光客がいっぱいですので、赤い鳥居を幾つもかいくぐり
紅葉に染まる竹中稲荷神社へお参りをしました。
伊勢物語の主人公で、古今集などで良く見かける「在原業平」の塚が、この神社の裏にあります。
美男で能などの舞台にも登場するハンサムな貴公子「在原業平」は、
大原野の十輪寺でなくなりました。
「在原業平の居を神楽岡の稲荷神社の傍らに。」
なぜこの地へ塚を作る願いをしたのでしょうか?
恋人の住む都をこの吉田山をから見下ろしたかったのでしょうか?
幾多の浮き世を流した永遠のプレーボーイ在原業平らしいかもしれません。
ここらか眺める「大文字」も好きです。(内緒ですよ)

2005/11/23//Wed.
岩倉具視幽棲旧宅 (京都市左京区)
20051123095805.jpg

20051123095820.jpg

20051123095834.jpg

20051123095850.jpg

20051123095907.jpg

岩倉具視幽棲旧宅は、維新の策を練った幽棲地です。
優雅なたたずまいの実相院から直ぐですが、観光客は数名だけという場所です。
幕末がお好きな方なら、公武合体をすすめる岩倉具視が、尊王攘夷派から逃れた所です。
その後、岩倉具視は、倒幕へと傾き大政奉還をするように西郷隆盛らと策をねりました。
今も木戸があり、その木戸をぬけて西郷隆盛が現れそうです。
なお、この場所には、岩倉氏が、岩倉使節団として、木戸孝允、大久保利通らと欧米を歴訪し各国を視察した時の陶磁器などもあります。

幕末が好きな方には穴場です。
縁側に座り、紅葉と木戸を見つめながら
幕府から朝廷へ政権を移行した立役者に思いをはせました。

2005/11/23//Wed.
実相院 京都市左京区
20051123063521.jpg

20051123063537.jpg

20051123063555.jpg

20051123063610.jpg

20051123063628.jpg

20051123063643.jpg

20051123063656.jpg

20051123063712.jpg

20051123063725.jpg


私の大好きな建物と紅葉、そして庭があります。
実相院は、もとは天台宗の寺門派でしたが、
今は単立寺院です。
鎌倉時代1229年に藤原(鷹司)兼基の子、静基僧正が北区の紫野に創建しました。
いちど御所の近くに移り、その後応仁の乱を逃れるため、
この地へ移ったと言われています。
後西天皇の皇子義延入道親王が入寺され、門跡寺院となり、
「岩倉門跡」、「岩倉御所」とも呼ばれています。
東山天皇の中宮・承秋門院の旧宮殿、大宮御所の「客殿」・「御車寄」・「四脚門」を1721年に移築しました。
今では現存する数少ない女院御所で宮廷文化を今に伝える建物も楽しめます。(屋根などが柔らかいそりです。)
庭園は、善阿弥の孫又四郎の作です。
実相院日記などの古文書や展示物、そして狩野探幽など東西の狩野派の襖絵や障壁画があります。
(説明文はパンフレットより引用しています)

岩倉具視もここを借りていて住んでので、坂本竜馬も尋ねていた場所です。
この寺の日記では、近藤勇など新撰組など幕末の動乱を垣間見ることができます。

「嵐山に長州が陣を置き・・・」をガラス越しに拝見出来ます。

また彗星の話と屏風にも興味がわきました。
屏風もコバルトブルーの夜空に一面の星空です。
天の川もあり満天の星空から思わず北斗七星をさがしてみました。大きな屏風から見つけた時は嬉しかったです。
屏風の夜空を見ながら、大阪市立美術館で見たフェルメールの絵画「真珠の首飾りの少女」が身につけた青いターバン色を思い浮かべました。
こちらの方がちょっとダークブルーかな?・・・ってついつい想像をしました。
あのフェルメールのブルーは、製作当時では貴重で高価な絵の具だったので、絵画値段の決め手になるほど宝物だったらしいです。
今回も目の前で綺麗なブルーを見を眺めると、やはり値段が気になり、ついついそろばん勘定をしています。
なんと無粋なこと・・「ごあさんにねがいましては・・・」にしなくっちゃ。

今回は、有名な「床紅葉」と言われる紅葉に染まる床が見たくて出掛けましたが、日記や屏風やふすまも楽しめました。

展示物などの撮影は禁止です。
また三脚は受付で預けますのでブレには注意が必要です。

「新婚さんいらっしゃい」のスポンサーのCMでは、
この実相院の庭を鶴が飛び立ちます。
(CMを見ながら撮影場所を見つけた時は、新たな楽しみがあります。)

実相院のHP
http://www.jissoin.com/



2005/11/16//Wed.
京都御所・御苑
20051116105801.jpg

20051116105142.jpg

20051116105156.jpg

20051116105209.jpg

20051116105222.jpg

20051116105125.jpg

20051116105234.jpg

20051116105247.jpg

20051116105301.jpg

20051116105322.jpg

20051116105334.jpg

20051116105353.jpg

20051116105407.jpg

20051116105422.jpg

20051116105436.jpg

20051116105449.jpg

20051116105503.jpg

20051116105516.jpg

20051116105528.jpg

20051116105542.jpg

20051116105557.jpg
京都御苑には、京都御所と仙洞御所、大宮御所、
そして現在は、京都迎賓館もあります。
京都御所を取り巻いている築地を抜け、
御所の正面にある「建礼門」など六つの門や、御車寄などや回廊を通り、
三種の神器を奉安した春興殿、枕草子などで登場する清涼殿、天皇のお住まいだった御常御殿など、時間が許す限り参観しながら撮影ををしました。
池は、御池庭(おいけにわ)で、池を中心にした回遊式庭園で、
手前には粒のそろった石を、砂浜に見立てたように引き詰めてあり、
その小石の中は、船着き場への飛石がリズミカルに置いてありました。
池に映る庭の木々の色を楽しんだり、松の姿を楽しんだりしました。
緑も濃い緑や薄い緑があり、そんな緑の中で紅葉はまさにアクセントでした。
そんな私の背には、皇太子が元服の時や将軍や諸侯と対面する「小御所」や、
「蹴鞠の庭」和歌の会にも使われた「御学問所」があります。

そんな私の耳に届いた言葉は、
「掃除が大変やろなあ。」
「手入れが大変やし、落ち葉も凄いで。」
「どうせみんながしてくれるんやあ。」

おいおい
雅な宮廷文化への思いをはせながらの撮影中に、
現実に引き戻すなあ。せっかく現実逃避していたのに・・・(爆笑)

入門時間は、
午前9時(開門)~午後3時(閉門)まででした。
宜秋門から参入し、清所門(せいしょもん)から退出です。

通常京都御所は、非公開です。
京都御所の参観は、申込みが必要ですので、宮内庁京都事務所参観係にご確認下さい。
なお京都御所の一般公開は、春と秋の年2回です。


2005/11/14//Mon.
長府毛利邸(山口県下関市)
20051114211504.jpg

20051114211533.jpg

20051114211557.jpg

20051114211614.jpg

20051114211632.jpg

20051114211653.jpg

20051114211711.jpg

20051114211728.jpg

20051114211745.jpg

20051114211759.jpg

20051114211819.jpg
長府毛利邸は、長府毛利14代当主毛利元敏公が、東京から帰住するため、
この地を選んで建てた邸宅で、明治31年(1898)に起工し、明治36年6月2日
に完成した後、大正8年(1919)まで長府毛利家の本宅とし使用されました。
その間、明治35年11月には、明治天皇が、熊本で行われた陸軍大演習を
御視察の際、当邸を行在所として使用され、一部の部屋は当時のまま残
されていて、往時を偲ばせてくれます。

また津軽家に嫁がれ、常陸宮華子妃殿下の御生母となられた久子様(元敏公
のお孫さんにあたる)も、このお屋敷で幼少時代を過ごされています。
邸内にある庭園は、池泉回遊式で苔・石・池・楓・灯篭など配置の妙は、
新緑や紅葉の季節に一段と映え、しっとりとした日本庭園のたたずま
いを感じさせてくれます。
(門前の看板から紹介をしています。)

明治天皇がご宿泊されたお部屋もあり、いたるところにお花が生けてあります。
庭園をゆっくりと縁側から眺めたり、苔むした庭の飛び石を歩く事もできます。

周辺には、歴史的な観光スポットが並んでおり、休憩を兼ねてここでのんびりとしました。

2005/11/13//Sun.
勝尾寺の四季(大阪府箕面市)
20051113153202.jpg

20051113153129.jpg

20051113153220.jpg

20051113153242.jpg

20051113153259.jpg

20051113153325.jpg

20051113153347.jpg

20051113153402.jpg

20051113153418.jpg

20051113153431.jpg

20051113153443.jpg

20051113153458.jpg

2005.11.12現在の紅葉情報
20051113153511.jpg

20051113153533.jpg

20051113153548.jpg

20051113153602.jpg
大阪平野の真北にあり箕面の滝のちょっと奥にあります。

奈良末期神亀4年(727年)善仲・善算両上人が草庵を構え、光仁帝皇子開成(桓武帝の異母兄)が弥勒寺と名付けました。
この寺の仏法の祈願力には時の朝廷の権力も及ばず、清和天皇の病気治癒を祈り効験したので王に勝った寺「勝王寺」の寺号を賜りました。しかし寺は王を尾の字に控え、以来「勝尾寺」(かつおうじ)と号しています。
1184年の源平合戦で焼け落ちましたが、源頼朝が再建し、現存する薬師堂は源頼朝、本堂に山門は豊臣秀頼の再建です。

旧参道には寺までの距離を示す我が国最古の8基の石塔(町石)が現在も残っています。
源氏・足利氏などの覇者が勝ち運を祈り、今はスポーツや試験、選挙、商売など勝負の勝運の寺としても有名です。
石の階段を上がると、勝ちだるまが出迎えてくれます。
西国23番札所、法然上人第5番霊場、日本最初三宝荒神で日本三荒神としても信仰されています。(パンフレットより)

(境内いたる所に達磨があります。おみくじも達磨です。)
箕面の紅葉は滝、瀧安寺、勝尾寺など山一帯で楽しめます。
紅葉の時期の11月になると土日・祝日には、9時から18時まで交通規制があります。貯水場からビジターセンターまで北側一方通行のみですからご注意下さい。
なお楠木神社からキリシタンの里高山への道がありますが、この道を走り混み合います。でも一番の原因は、箕面で有名な「猿」かもしれません。道路の端や真中で毛繕いをはじめ皆さん携帯を取り出し写真撮影になります。(失笑)

勝尾寺にあることば、
「すべては自分に勝つために」
誰に勝つより自分に勝つことが一番大切で難しいですね。

愚息も中学時代に学校で訪れ座禅をし、受験には勝ちだるまに願いを託しました。
春は桜、5月6月は石楠花、夏は紫陽花、秋は紅葉とお花も楽しめます。
お遍路さんの参拝の中、
カメラを片手にふらりと出掛け、時間を忘れて何時も慌てる私です。

京都市内の紅葉を撮影した後に訪れる紅葉の撮影スポットです。

2005年・・・山門では、現在工事中です。

四季の花があり、飛沫を木漏れ日で撮影出来る大好きな場所です。
いつも風と光の女神様に祈りつつ撮影をします。駐車場は、道路を隔ててあります。


[TOP] next >>
copyright (C) 2006 関西アラカルト(関西フォト・ギャラリー) all rights reserved.
[ template by 白黒素材 ]
//
e_03.gifFC2 Blog Ranking無料ホームページ ブログ(blog)
title060215d.jpg
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。