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2005/09/24//Sat.
大谷本廟(京都市東山区)
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大谷本廟は、宗祖親鸞聖人の御廟所(墓所)で、
「祖廟」ともよばれます。
お彼岸などで一日5万人が訪れたそうです。

写真は、桜の大谷さんです。
渉成園から大谷のお墓が辺り一面続く中、
清水を目指した時の写真です。

清水さんへ抜ける時に、
桜の舞い散る大谷の円通橋(めがね橋)を楽しみました。
幅6メートル長さ40メートルの花崗岩をくりぬいた橋は夕暮れ時で人もいなくまさにそぞろ歩きでした。
ねこちゃんでもいなかなあと思いながらカメラを構えました。

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2005/09/21//Wed.
中山寺(宝塚)
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聖徳太子の創建によるわが国最初の観音霊場で、
西国三十三ヶ所観音霊場の第24番札所です。
現在の本堂は、1605年に豊臣秀頼が再建したもので、
桃山時代の様式とどめます。
毎年8月9日は、西国三十三ヶ所の観音様が全て星に乗って、
この中山寺に集まる「星下り祭り」があります。
謡曲「満仲(仲光)」や歌舞伎「菅原伝授手習鑑」でも登場するお寺ですが、
ここへお参りして、
明治天皇を授かったり、
豊臣秀頼を授かったりと安産の神様として名高いお寺です。


2005/09/19//Mon.
東光院・萩の寺(大阪府豊中市)
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”萩の寺で有名な東光寺”に出掛けました。
東光寺は、大阪きっての萩の寺で、
新西国三十三ヶ所第十二番霊場です。
この寺は、735年「行基」が訪れ、
薬師如来を作り、最初の民衆火葬を伝授したというお寺です。
火葬の際、供花として淀川水系に群生する萩を供えたことが、
寺の萩の植栽につながったそうです。
淀君や、正岡子規、虚子などいろいろな人々に愛された東光寺の萩は、約10種類の萩があり、
楚々と咲きながら出迎えてくれます。
境内には、正岡子規作、萩の句碑もありました。

「ほろほろと石に こぼれぬ萩の露」

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2005/09/19//Mon.
中秋の名月
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昨夜は、中秋の名月でした。
NASAがテンペル彗星から噴出したガスから有機物が5億トンを見つけたそうです。
やはり地球の起源は、彗星が衝突した際の有機物からの裏付けすね。
あのお月様の遙か先の宇宙が起源かもね。

2005/09/18//Sun.
中秋の名月

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旧暦の8月15日は、「中秋の名月」です。
「十五夜」、「芋名月」と呼ばれます。
月見の日には、お団子をなどを用意します。
スーパーにはススキもあり「お月見」です。

「名月や池をめぐりて夜もすがら」松尾芭蕉(作)

名月の美しさ、そして、池に映った名月に時を忘れるほど心を奪われていたのですね。

アポロ11号が月に着陸したと言うけれど、やはり月でウサギがお餅つきなんて風流ですね。
北新地芸奴の歌「大阪の四季」に「二人揃って見る月見の窓とありますので、風雅に楽しみたいけど窓の外は、摩天楼のビル街が目飛び込むベランダです。

オートにしてもAモードも全て明るすぎて
月の表面がハッキリしません。
マニュアルにして、月の表面を撮影してみました。
テレコンを使用

先日から撮影したです。
クリックしてお楽しみ下さい。

2005/09/16//Fri.
岸和田だんじり祭り(大阪)
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五穀豊穣の祈願のために約300年前に始まったとされているそうです。


2005/09/16//Fri.
岸和田だんじり祭り(大阪)
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高さ約4メートルのだんじりが疾走する最中に、屋根の上で指揮をする「大工方」を狙ってみました。
交差点を戦力疾走をしながら直角にまわる「やり回し」の最中でも、バランスをとりながら屋根の上で跳ねまわっており、勇ましさに驚きです。


2005/09/16//Fri.
岸和田だんじり祭り(大阪)
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15日は、岸和田のだんじりの「宮入」でした。
「ソーリャ、ソーリャ」の掛け声と共に、
高さ約4メートル、重さ4ドンのだんじりが、勇壮に岸和田の城下や街道など走り抜けました。

岸和田天神宮で宮入を撮影し、次に岸和田カンカン前の交差点で撮影を試みました。
交差点を全力で疾走する「やり回し」では、屋根の上で「大工方」が飛びはね、勇敢な「やり回し」を見ると観客から拍手があがり声援が送られていました。
一瞬だんじりが斜めになると、観客の声が止まり、ざわめきが起こり、ハラハラ度はアップしてしまいました。
脚立に登った人の山に視界を遮られ、なかなか見物も撮影も出来なくて、周囲からは、「足のまたから狙っえ。」っと声が飛びかっていました。しかしそれも無理なので人の頭の間からの一瞬狙いでした。
今回は、信号機の高さと余り変わらない、屋根に乗った「大工方」狙いでした。

観覧席近くから離れ、疎開道の交差点で撮影を試みました。
目の前を走るだんじりに圧倒されシャッターを押す瞬間を逃し、しばし唖然としながら見物をしていました。迫力のだんじりを楽しみました。

PS.450㎜の望遠(35㎜相当)にして撮影をしています。
電柱があり、流し撮りの方がよかったと反省をしています。
しかし、あまり動くスペースが無くて流し撮りの余裕がありませんでしたが、
今回の撮影で、ロケハンとシャッタースピードが読めましので次回のチャンスが楽しみです。(笑)

2005/09/07//Wed.
夜の錦帯橋
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昨年、半世紀ぶりに立て替えられた錦帯橋ですが、
2005年、台風14号により増水した錦川の流れに橋桁が流されました。
本当に残念ですが、岩国出身で時代の先取りをし、
華麗な人生を過ごした憧れの「宇野千代」さんのように、
その精密で荘厳な木組みのアーチ姿をよみがえらせて欲しいです。

宇野千代さんは、作家であり、服飾雑誌「スタイル」を発刊したり、
着物のデザインとこなしましたが、
やはり、尾崎士郎氏や東郷青児氏らとの恋愛などが有名です。

宇野千代さんは、「おはん」・「色ざんげ」・「或る一人の女の話」など数多くの作品を送り出しましたが、私は「私の作ったお惣菜」などの料理の本も大好きです。

岩国蓮やチシャ、鯛、干し椎茸、錦糸卵、でんぶなどが、お寿司のサンドイッチになった岩国寿司など故郷の味だからです。
あの岩国寿司をつけていた大きな木枠の寿司桶は今は何処にあるのかな?
今も蔵の長持ちのあたりかも・・・・
(夜景の撮影は 2005年)

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2005/09/07//Wed.
錦帯橋・岩国城(山口)
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1600年、「関ヶ原の戦い」後、岩国藩の初代藩主であった吉川広家が、
城と城下町を作り、錦川には、橋を架けました。
しかし、たびかさなる洪水で橋は流されるため、
1673年三代広嘉の時、自らも参加して中国西湖の橋をモデルに,
約200メートルの日本三名橋「錦帯橋」を創建しました。

木造の五つ太鼓橋からなり、左と右それぞれは木の橋桁、
そして流れが速い中央部分は石の台にし三つの連続アーチになっています。
「組み木の技法」により釘を一本も使用しない橋と言われています。

2004年春、50年に一度の架け替えがあり、
錦川の清流にアーチを描く橋は、緑の山に映えていました。
木の香りが漂う橋の上には、
桃山風南蛮造りの山城「岩国城」があり
優美な美しさに花を添えていました。

子供の頃、母のアルバムに1950年のキジア台風時の錦帯橋の画像がありました。
子供の頃母に尋ねると、学校から帰る時撮影したと話してくれました。

橋台(石の台)だけが残り激流に揉まれている写真はセピア色になりましたが、
校章は今も錦帯橋のデザインのままです。
(撮影は、2004.8.29 文章作成 2004.9.4)

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