プロフィール

kamakun2

最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
リンク
--/--/--//--.
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2014/04/20//Sun.
勝尾寺の桜
勝尾寺a8735a

勝尾寺b _DSC8778a

DSC_2344a.jpg

勝尾寺は、真言宗のお寺ですが、
境内の奥にある法然がいた二階堂だけは浄土宗です。

勝尾寺の奥にある
東海自然歩道の場所には、お墓があります。
いつも西方浄土を向きながら念仏を唱えたので
人々に「阿弥陀丸」と呼ばれた教信沙弥さんのお墓です。
そしてその横には、教信沙弥から夢で告げられ
南無阿弥陀仏と唱えた
勝尾寺の第4代座主証如のお墓があります。

平安時代、後白河法皇が編纂した歌を集めた中にも
「聖の住みかはどこどこぞ
箕面よ 勝尾よ」という歌が2種もあるそうです。
勝尾寺は、平安時代、山岳信仰の中心のお寺としてとして
時の天皇などが訪れた名刹です。

<撮影方法について>
クロスフィルターの件で、
掲示板へ投稿がありましたので、
過去の画像を取り出しました。
aDSC02583のコピー
(クロスフィルターを使い始めた時の作品です。)
月DSC_0012
(多重露光撮影にて撮影をしています。)
お月様と大阪空港へ着陸する飛行機の光跡です。
スイス館い071224DSC_0105
(多重露光撮影と絞りの変化を使ったものです。)
大阪万博公園の夜景です。
中之島イルミネーションDSC_0229
中之島公会堂のイルミネーションを
幻想的に撮影してみました。

スポンサーサイト
2010/05/09//Sun.
錦帯橋1DSC_2891
(撮影日 2010年4月29日)

3月の連休と、このGW前半は、
山口へ出掛け介護をしていました。
しかしその間には、九州で引っ越しをしたりと、
なにかとバタバタした生活でした。
そんな生活でも寸暇を惜しんでファインダーを覗きます。

錦帯橋2DSC_2893

GWで高速道路が混み合うと思い、
朝3時半には起き、
荷物を車に詰めたり、朝食を食べたりして
5時前には、宝塚インターへと向かい、
新緑に輝く山陽自動車道を西へと運転しました。

錦帯橋3DSC_2894

3月に車中から見た山陽の山々は、
山肌と言うキャンパスを
桜や山ツツジが、
桃色や薄紫色に染めあげていました。
しかし、その山肌もGWの時期になると、
桃色や薄紫色の早春色から
黄緑色や緑色などの新緑へと主役がうつり、
木々の葉が、ますます鮮やかに輝き
ハンドルを握る私を癒してくれました。

錦帯橋4DSC_2865
去年のGWの渋滞より
渋滞の距離が短くてほっとしましたが、
早朝からずっと運転をしており、
ゆっくり休憩が出来なかったので
休憩を兼ねて岩国国際観光ホテルで食事をしました。

錦帯橋5DSC_2852

ホテルの窓から外を見ると
錦川の川岸には、
「錦帯橋まつり」で集まった人々で賑やかです。
奴道中や大名行列、
鉄砲隊実演など撮影の素材はいっぱいです。
しかし、帰りを待つ義理の両親を思うと
お祭りが始まる時間だと思いながらも
ホテルを後にしました。

錦帯橋6SC_0063
(撮影日 2010年3月20日)

3月に見た桜です。

2010/04/25//Sun.
南明院の牡丹 京都市東山区
南明院DSC_2591
(撮影日 2010年4月24日)

私が、コーヒーを飲んでいると、
テーブルの向こうから声がかかってきました。

「土曜日、暇?」
それって、一緒に行こうと言いたいことだろうと思っていたら、
案の定、「京都の研究所に行きたいんだけど・・。」と、
さらに追い打ちを掛けてきました。

「美味しい物があり、風光明媚な場所への
お付き合いなら最高なんだけど・・・。」と、
思いながらもアッシーを引き受けることにしました。

昨日、目的地へ送り届けると私の時間です。
早速、車はコインパーキングに預け、
山吹が咲いている松尾神社など
嵐山方面に行こうかと思いながらも
若葉の東山山麓に魅せられて
新緑散策へと目的を変更です。

<今回のルート>
菅原道真の生誕した吉祥院から十条通りを油小路、竹田街道と抜けて、
鳥羽街道へと向かいました。
鴨川では、川岸に菜の花が咲き乱れ
東山山麓は、黄緑色、淡い緑色の若葉が目に飛び込んできます。

まずは、東福寺の塔頭光明院や永明院、南明院を散策し、
お稲荷さん(伏見稲荷)の奥の院など「お山巡り」をしました。
帰り道は、京都トレイルを使い東福寺の本殿へと抜けてみました。

女性の足で、徒歩のみ。
万歩計の数値は、23608歩

今回は、歩くことをメインにしたため撮影はあまりしていませんが、
画像は、南明院の境内で見た牡丹です。

この南明院では、
夫と離婚させられ、徳川家康と政略結婚させられた
豊臣秀吉の妹「旭姫」のお墓へお参りをしてきました。

旭姫が、家康に嫁いだ後、
母の病気見舞いを理由に上洛したそんな女心が伝わるお墓です。
同じ東山山麓にある豊臣秀吉の豊国廟とは対照的で、
この旭姫のお墓は、
お墓がならぶ一角にひっそりと建っており、
そんな旭姫の心を癒すように、
境内では、牡丹やキリシマツツジ、
ヤマホウシが、鮮やかに咲きそろっていました。

南明院の門前には、
「徳川家康公正室旭姫墓在院」と道標が建っており、
門をくぐると美しい石畳の先に旭姫のお墓があります。
お墓参りのつもりが、
美しい花々も見ることが出来たそんな南明院でした。

ちなみに豊臣秀吉の豊国廟のご紹介です。

阿弥陀ヶ峰の豊国廟と太閤坦

(静岡県瑞龍寺には、旭姫の供養塔があるそうです。)

2010/04/22//Thu.
2010年 ガスに覆われた勝尾寺 箕面市
1勝尾寺DSC_2419

2勝尾寺DSC_2562

3勝尾寺DSC_2476
(枝垂れ桜と石楠花)

4勝尾寺DSC_2556

5勝尾寺DSC_2503

6勝尾寺DSC_2428

8勝尾寺DSC_2395
勝尾寺の境内が、
小ぬかの雨に降られ、
たゆたうガスに覆われると
芽吹いた新緑が、
ますます輝きます。

<勝尾寺について>

奈良末期神亀4年(727年)
善仲・善算両上人が草庵を構え、
光仁帝皇子開成(桓武帝の異母兄)が
弥勒寺と名付けました。

この寺の仏法の祈願力には
時の朝廷の権力も及ばず、
清和天皇の病気治癒を祈り
効験したので
王に勝った寺「勝王寺」の寺号を賜りました。

しかし、寺は「王」を「尾」にして、
「勝尾寺」(かつおうじ)と号しています。

1184年の源平合戦で焼け落ちましたが、
源頼朝が再建し、
現存する薬師堂は源頼朝、
本堂に山門は豊臣秀頼の再建です。

源氏・足利氏などの覇者が勝ち運を祈り、
今はスポーツや試験、選挙、商売など
勝負の勝運の寺としても有名です。

石の階段を上がると、境内では勝ちだるまが出迎えてくれます。

勝尾寺にあることば、
「すべては自分に勝つために」
誰に勝つより自分に勝つことが一番大切で難しいですね。
(パンフレットより)

2010/04/21//Wed.
2010年 万博公園の菜の花
万博DSC_0065
(撮影場所 大阪万博記念公園)

人々が桜を眺めながら
お花見で浮かれている頃、
私の大好きなこの場所では、
今年も菜の花に彩られた風景が見られました。

この丘に座りながら
葉の花の花言葉、
「小さな幸せ」を味わいたいです。

[TOP] next >>
copyright (C) 2006 関西アラカルト(関西フォト・ギャラリー) all rights reserved.
[ template by 白黒素材 ]
//
e_03.gifFC2 Blog Ranking無料ホームページ ブログ(blog)
title060215d.jpg
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。