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2014/04/22//Tue.
伏見稲荷神社
伏見稲荷神社DSC_2599

伏見稲荷神社DSC_2615a

伏見稲荷神社DSC_2666a

伏見稲荷大社は、
全国約4万社の稲荷神社の総本宮で、
商売繁盛・五穀豊穣の神様です。

創建は711年です。
1300年もの間、人々の信仰を集めています。
初詣は、277万の人々が初詣ををする
初詣ベスト4の伏見稲荷大社です。

聖地「稲荷山」を楽しみます。
「お山めぐり」では、
新緑が出迎え、春の木漏れ日が、
優しく私を包んでくれますので、
山道東山トレイルコースを利用して
京都の東山を巡り森林浴です。

大阪の空中庭園や
伏見稲荷神社の観光客は、
欧米の観光客が目につきます。
きっと欧米の方々に
人気のスポットなのですね。

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2014/04/20//Sun.
勝尾寺の桜
勝尾寺a8735a

勝尾寺b _DSC8778a

DSC_2344a.jpg

勝尾寺は、真言宗のお寺ですが、
境内の奥にある法然がいた二階堂だけは浄土宗です。

勝尾寺の奥にある
東海自然歩道の場所には、お墓があります。
いつも西方浄土を向きながら念仏を唱えたので
人々に「阿弥陀丸」と呼ばれた教信沙弥さんのお墓です。
そしてその横には、教信沙弥から夢で告げられ
南無阿弥陀仏と唱えた
勝尾寺の第4代座主証如のお墓があります。

平安時代、後白河法皇が編纂した歌を集めた中にも
「聖の住みかはどこどこぞ
箕面よ 勝尾よ」という歌が2種もあるそうです。
勝尾寺は、平安時代、山岳信仰の中心のお寺としてとして
時の天皇などが訪れた名刹です。

<撮影方法について>
クロスフィルターの件で、
掲示板へ投稿がありましたので、
過去の画像を取り出しました。
aDSC02583のコピー
(クロスフィルターを使い始めた時の作品です。)
月DSC_0012
(多重露光撮影にて撮影をしています。)
お月様と大阪空港へ着陸する飛行機の光跡です。
スイス館い071224DSC_0105
(多重露光撮影と絞りの変化を使ったものです。)
大阪万博公園の夜景です。
中之島イルミネーションDSC_0229
中之島公会堂のイルミネーションを
幻想的に撮影してみました。

2014/04/17//Thu.
勝尾寺の桜情報
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(撮影日 2014.4.17)
本日は、箕面市役所南の道から
ミヤコ蝶々記念館前を抜け、
桜ヶ丘方面にかけて車を走らせました。
やはりこの時期ですから、
道路の両側では、いろいろな種類の桜が
今が盛りと咲いていました。
(この周辺は、ソメイヨシノ以外の
桜が街路樹となっています。)

車中には、新入生達が、ピカピカの鞄や
ちょっと大きめの制服を身に着けて桜の下を
登校している風景が飛び込んできました。

池田で官公庁の用事を済ませましたが、
お天気に誘われて勝尾寺へ道草をしました。
京都のソメイヨシノが終わる頃、
境内が、桜で見ごろとなるお寺です。
境内は、桜や山吹、シャガなどに彩られていました。
おまけにお遍路さんのツアーや
カメラマンは、もちろん
転勤先になった箕面を観光案内中と思われる
サラリーマンの上司と部下にもお会いしました。

お花も人も、春ならではの風景です。

<本日の勝尾寺の桜情報です。>

約8万坪の境内には、ヤマザクラやカンヒザクラなど、
おおよそ3000本もの桜が咲きます。
ご覧のように薄紅色の枝垂桜が、見ごろでした。

201104180600153cc

2011.4.17撮影 勝尾寺の桜情報です。

<勝尾寺について>

奈良末期神亀4年(727年)
善仲・善算両上人が草庵を構え、
光仁帝皇子開成(桓武帝の異母兄)が弥勒寺と名付けました。
この寺の仏法の祈願力には時の朝廷の権力も及ばず、
清和天皇の病気治癒を祈り効験したので
王に勝った寺「勝王寺」の寺号を賜りました。
しかし寺は王を尾の字に控え、
以来「勝尾寺」(かつおうじ)と号しています。
1184年の源平合戦で焼け落ちましたが、
源頼朝が再建し、現存する薬師堂は源頼朝、
本堂に山門は豊臣秀頼の再建です。

旧参道には寺までの距離を示す
我が国最古の8基の石塔(町石)が現在も残っています。
源氏・足利氏などの覇者が勝ち運を祈り、
今はスポーツや試験、選挙、商売など勝負の勝運の寺としても有名です。
石の階段を上がると、勝ちだるまが出迎えてくれます。

勝尾寺にあることば、
「すべては自分に勝つために」
誰に勝つより自分に勝つことが一番大切で難しいですね。

(パンフレットより)

2014/04/11//Fri.
箕面の桜
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市民病院の窓が、夕日に照らされ
反射する瞬間を待ちます。

_DSC8554a.jpg
広域こども救急センターの建物は、
桜でぼかしました。

_DSC8574a.jpg
川面が、夕日に染まる
この瞬間こそ大好きな瞬間です。


ソメイヨシノの蕾が、開花までゆっくり開ければ
濃い色の桜になり、
いっきに開花すると薄い色の桜になります。
また開花の時期に気温が低く、
日照時間が短いと白っぽい色の桜となります。
今年のソメイヨシノは、例年より白っぽいと思うのは
私だけでしょうか?
実は、自宅近くの方にも
「ここから見る桜、今咲いたのに
もう白いのよね。」と、言われました。
やはり私と同じように桜が、
白っぽいと思っている人が
いるのだなあと共感しました。

今回は、色温度を考えて撮影をしてみました。
満開を過ぎた桜は、
ますます白い花になり
艶やかな桜色のイメージから離れています。
そこで、色温度を下げるため、
夕暮れ時に撮影をしています。

2014/04/09//Wed.
萱野三平と桜(大阪府箕面市)
箕面風景_DSC8576a

箕面風景_DSC8594a

箕面風景_DSC8584a

箕面風景_DSC8588a

箕面市、吹田市、豊中市、池田市、豊能町、能勢町が、
設立した豊能広域こども急病センターから、
赤穂浪士の物語でも有名な萱野三平のお墓まで
夕暮れとぎを散策しました。

<萱野三平について>
萱野重実(かやのしげざね)の通称は、三平です。
俳号涓泉(へんせん)です。

浅野内匠頭が切腹し、お家取り潰しの報せを
赤穂まで早籠で伝えたのがこの萱野三平です。
三平が知らせを届ける道中に実家によると、
母の葬儀に偶然出くわしましたが、
「浅野家の一大事。」と、
赤穂への使いに急いだ人です。
忠臣蔵のドラマでは、
腰元と駆け落ちしたと描かれています。
私もその話を信じていましたが、
実際は、旧主への忠義と
父への孝行との板挟みになやみ切腹したそうです。

辞世の句
「晴れゆくや 日ころ心の 花曇り」

1月14日が、三平の命日でした。
旧主への忠義と父への孝行との
板挟みによる心の葛藤の為
赤穂義士の討ち入り前に自害してしまいました。

千里川の側を歩きながら、
桜越しに見える箕面の山々の山桜を眺めながら、
28歳で旅立った三平が、
忠臣蔵のドラマのように
愛する腰元でもいたらと思ってしまいました。

現在も屋敷跡があり、
千里川の横ではお墓があり、
箕面の山々を背にしながら、
桜の花に染まりながら眠っています。

(大阪府箕面市にて)

2014/04/01//Tue.
箕面市船場西のソメイヨシノ
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(夕日に染まるソメイヨシノ)

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春爛漫の季節到来です。
ブログへお問い合わせのあった
露光間ズーミングで撮影をしてみました。
(本日の箕面市船場西です。)

<関西の桜特集>

京都・奈良・大阪・兵庫などの桜特集

2014/04/01//Tue.
大阪平野の眺め
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3猪名川花火DSC_0101

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5猪名川花火DSC_0078

6伊丹花火うDSC_0030a

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7花火4
(花火と飛行機の光線)
8あ0608050020a
(淀川の花火)
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露光間ズーミングの撮影舞台裏公開です。
低速シャッターを切りながら、
ズーム撮影をします。
その時、低速シャッターにするので、
私の体力では、三脚が必要です。

シャッター時間は、
出来るだけ長くなるようにカメラの設定をします。
ISO感度は、低くし、
開放絞り値(F値)は、出来るだけ高くして、
シャッタースピードを
30秒の1以下からバルブに限りなく近づけるように設定を考えます。

お尋ねのISOは、
nikon D200は、 ISOを100
nikon D300は、ISOを200にしています。

今回は、夜なのでNDフィルターを使用していませんが、
昼間なら使用するなどの方法も手軽です。
NDフィルターを使うと、
シャッタースピードが簡単に落とせます。
またカメラ任せなら
スピード優先モードを使うと簡単に設定が終わります。

広角から望遠側にどれくらいで、
回すかがまた鍵ですね。

撮影に出掛けられないと
自宅のベランダから、
大阪、神戸、芦屋、宝塚、
淡路島方面の夜景を撮影をしています。

おまけに花火も自宅から狙います。
「淀川の花火、宝塚の花火、猪名川の花火、
芦屋の花火」などを撮影しているのですが、
途中でいつも多重露光撮影、
露光間ズーミングなどの撮影方法を試しています。

移り気なので
何時になれば、お気に入りの一枚が撮影できるのでしょうか?
「なが~~~い、お付き合い。」って、
コマーシャルがありますが、
私へのメッセージみたいです。

お花と撮影テクニックです。


2014/03/30//Sun.
箕面のソメイヨシノ
_DSC8215a.jpg
(撮影日 2013.3.30 17:30過ぎ)

今日の箕面は春の雨が、
強風と共に時折激しく降り、
窓のガラスを洗い流すほどでした。

_DSC8165a.jpg

「春の嵐」をイメージして、
ズーミングしながら、回転をかけました。

_DSC8097a.jpg

山には、チラホラと山桜が見えるようになりました。
これから、新緑が芽吹き、
山が笑う季節の到来です。

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雨上がりのため、夕焼けは拝めませんでした。

_DSC8150a.jpg



2014/03/26//Wed.
梅新の夕景
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梅新の夜景は、
お気に入りの場所なので
思い出のポケットに詰め込みたい一つです。

2014年3月19日、
ザ・フェニックスホールにて
ザミュエル・ハセルホールさん&宮崎貴子さんの
「ドイツ歌曲の夕べ」が、開催されました。

私は、自然の美しい風景を奏でる音に引き込まれたり、
愛を語る歌声やピアノの音に包まれたりと、
まさに至福の一時でした。

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そしてアンコール曲になると
ステージ奥の緞帳が、徐々に上がり始めました。
その先には、梅田の煌めく夜が姿を現しました。
一番手前が梅田の第3ビル、
その先にはビル群が続き奥が阪急百貨店本店です。
ビルの煌めきの中に流れる
歌声とピアノの音は、
まさに癒しでした。

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PS.真っ黒のグランドピアノと、
真っ赤なイブニングドレスのコントラストは、
摩天楼の輝きの中でも引き立ち
本当に素晴らしかったです。

ますますのご活躍をお祈りします。

2014/03/22//Sat.
岸和田城
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岸和田城は、別名「千亀利(ちぎり)城」とも
言われています。
現在の天守閣は、
1954年に建てかえられていますが、
羽柴秀吉は、この岸和田城に入り、
根来寺と戦ったのですね。

かつて火縄銃で武装した根来衆は、
この岸和田城にも襲ってきたそうですが、
時代も流れ今では、
有名な「だんじりの祭り」の歓声に包まれる
お城になっています。

お天気の状態が、残念でした。

独身時代、蔵で見た根来寺の塗り物と
岸和田城がまた一本の糸で繋がりました。

2014/03/20//Thu.
花見小路 「一力亭」
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一力亭は、祇園の中で最も格式がある「お茶屋」さんです。
一力亭は、新撰組の近藤勇が訪れたり、
人形浄瑠璃や歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」では、
「大石内蔵助」をモデルとした大星由良之助が、
敵の目を欺くために
通うお茶屋として登場をしました。

一力亭は、その昔「万春楼」と言い、
屋号は、「万」です。
「万」を上下にわけて一力亭となりました。
ちなみにこのお店のマッチには、
お店の住所がありません。
それは、住所すら言わなくて良いほど
有名なお店だからですね。

憧れの場所です。
敷居が高くご縁がありません。

ある夜、数名の舞妓や芸妓さんが、
お客様を見送る姿を拝見しました。
その美しい立ち振る舞いに見とれてしまいました。
着物は、色とりどりですが、
息がぴったりそろったお辞儀でした。

なお、舞妓や芸妓さんが、
お店や師匠さんへ、
挨拶に回る「八朔」は、
カメラマンが増えすぎて、
撮影を断念しています。


2014/03/17//Mon.
京都の夜 花灯路 

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幽し灯籠の灯りが、
白壁や土塀、石畳など照らす町並みは、、
古都の春の宵を
はんなりと演出しています。

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町屋の格子から漏れる光が、
ほんのりと通りの石畳を照らす様は、
幻想的な絵のようです。

北は青蓮院から知恩院、円山公園、
八坂神社を通り、南は清水寺までの散策路約4.6kmに、
京焼、清水焼、京銘竹、北山杉磨丸太、京石工芸、金属工芸の
5種類の露地灯籠が、
約2400基設置されています。(パンフレット参照)

新・ 画像掲示板 です。


2014/03/15//Sat.
花灯路
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早春の古都を彩る「花灯路」の時期となりました。
今年も、14日から23日まで
東山山麓で開催されています。

青蓮院 高台寺や円山公園、清水寺などいたる場所で
ライトアップされています。
また行灯に照らされた石畳の路地などは、
昼間とは異なる風情があります。

今年は、まだ撮影に出掛けられませんので、
過去の画像からお届けします。

観光客が、清水寺や高台寺へと行き交う時、
私は、一人この喫茶店の傘を見上げます。
お気に入りの場所です。
昼間とは異なり幻想的です。
(一番下の画像:参考に昼間の風景を紹介します。)

DSC_0177a.jpg

清水寺の入り口ですが、
この早春ならではの面白さがあり、
この場所もお気に入りの場所です。

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観光客は、すぐに入口へ直行ですが、
ここでも一人、広場の隅に佇みます。

Dsc_0174a.jpg

昼間の画像で、撮影の舞台裏をご紹介しました。


続き...
2014/03/11//Tue.
がんばろう日本 
鶴マークa_DSC9830

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「がんばろう日本」号です。

自然災害の前では、人々は助け合いました。

私も阪神大震災の時は、見も知らない人に、
「お手伝いすることはありませんか?」と声をかけあいました。
もちろん私も覚えていられないほどの人々に
あらゆる場所で声をかけていただきました。
その当時は、関西と関東の震災に対する思いの差を感じ、
はがゆい思いもしましたが、
支え合う見知らぬ人々の暖かい心に
慰められ癒されました。

東日本大震災から三年目です。

仙台に向かう飛行機から見た田園風景は、
代掻きをしている田んぼからの輝きや、
海岸沿いに延々と続く美しい松林があったことです。
青い海の際に延々と続く色い砂浜と深緑の松林のコントラストに
飛行機から見下ろし感激をしました。

去年(2013年)、
山口県で乗ったタクシーの運転手さんと、偶然にお喋りをしました。
何気なく「阪神大震災でこちらに来たんです。」と、言われました。
あまりの話の展開に驚きながらも
私も箕面の自宅の窓の外に見えた
伊丹や神戸の事をお話ししました。
我が家の周辺でも被害を受けていても
皆さんは、「まず」神戸の応援に出掛けていました。

「あの時は、ありがとうね。」と、
震災の時のお礼を言われました。

「こちらこそ。乗せていただき有難うございます。」
「震災の助け合いはお互い様です。」と、お返事をしました。

体験談を語ることで、ほっとします。
一人ではないと、連帯感も生まれます。
タクシーを降りるとき
これからも「お元気で、ごきげんよう。」と、
挨拶をかわしました。

千里中央周辺の公園でも、
いたる所に仮設住宅があった事を忘れかけています。
子供たちの笑い声が響いています。

東日本大震災も、決して忘れません。
マスコミなどが放送する震災情報は一部です。
限られた場所になり、
その陰で取り残された場所や人々がいます。
復興の進捗状況も一律ではありません。

あなたは、一人ではありません。

今もこれからも・・・・・・・・・・。
2014/03/10//Mon.
2014年 桜情報(大阪から)
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河津桜は、静岡県河津町の「桜祭り」が有名です。
そんな河津町から寄贈された桜が、箕面市(大阪府)にあります。
場所は、みのおキューズモール(旧ビィソラ)です。

先週から蕾が膨らんでおり
開花の日を待ち遠しくしていました。
金曜日、用事のついでに歩道側にある桜を見ると数個が咲いていました。

周辺には、メルセデス・ベンツやアウディの車のお店がありますが、
敷地にはオオイヌノフグリなど春の花が斜面にいっぱい咲いています。
三寒四温で、また寒い箕面ですが、
ヒメジョン、ホトケノザ、梅などが咲いており、
春は確実に訪れています。

マクロ撮影には、大変ですが、
河津桜は、強い風に揺られながら健気に咲いていました。

(撮影日 2014年3月9日)

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